
こんにちは、新潟市で活動しているおっきなでんしゃ社会保険労務士事務所、社会保険労務士の関谷です。
社会保険労務士として、法令に基づいた適切な労務管理を通じて、働く方が安心して働ける職場づくりと、経営者が本業に専念できる環境づくりをサポートしています。
看護師や医療事務などの経験者を採用すると、「経験があるのだから、早く仕事を任せられるだろう」と期待することがあります。
しかし、経験があることと、新しいクリニックの仕事の進め方を最初から理解していることは別の話です。
今回は、厚生労働省の「転職者実態調査」を参考にしながら、経験者の力を活かすために、入職後の教育をどのように考えるとよいのかを整理します。
経験者を採用しても入職後の教育は必要です
経験者であっても新しい職場の仕事の進め方を覚える必要があるため、入職後の教育をあらかじめ考えておくことが大切です。
厚生労働省が2026年9月25日に公表した「令和7(2025)年転職者実態調査」では、転職者がいる事業所のうち、82.6%が転職者に対して教育訓練を実施していました。
さらに「医療・福祉」では、教育訓練を実施した事業所の割合は84.4%となっています。
また、教育訓練を実施した事業所では、
・計画的なOJT……79.8%
・OFF-JT……64.5%
・入職時のガイダンス……53.9%
・職務に必要な能力・知識を身につける教育訓練……35.7%
といった方法が使われています。
OJTとは、実際の仕事をしながら必要な知識や仕事の進め方を教えていく方法です。
この調査はクリニックだけを対象としたものではありませんが、転職者を採用した後に何らかの教育を行っている事業所が多いことは、採用後の仕組みを考えるうえで参考になります。
経験者でも新しい職場では分からないことがあります
同じ職種の経験があっても、院内ルールや仕事の分担は職場ごとに異なるため、自院のやり方を伝える必要があります。
例えば、医療事務として10年の経験がある方を採用したとします。
医療事務としての基礎的な知識や経験は十分に持っているかもしれません。
それでも、新しいクリニックでは分からないことがあります。
例えば、
・電子カルテの操作方法
・受付から会計までの流れ
・電話対応のルール
・患者さんへの案内方法
・レセプト業務の分担
・院長先生への報告方法
・看護師との連携方法
・昼休み中の電話対応
・欠勤や遅刻時の連絡方法
・院内での情報共有方法
などです。
看護師についても同じです。
看護師としての経験が豊富でも、
「どの業務を誰が担当するのか」
「診察介助をどこまで行うのか」
「院長先生へどのタイミングで報告するのか」
などは、クリニックによって異なります。
つまり、専門職としての経験と、自院の仕事を知っていることは別だと考えておく必要があります。
「即戦力」という言葉に期待しすぎないことが大切です
「経験者だから説明しなくても分かるはず」と考えると認識のずれが生まれやすいため、最初に期待する役割を明確に伝えることが重要です。
経験者を募集する際によく使われる言葉が「即戦力」です。
もちろん、経験者にはこれまで身につけた知識や能力を活かしてもらうことが期待できます。
実際に今回の調査でも、転職者の賃金を決める際に考慮した要素として、「これまでの経験・能力・知識」を挙げた事業所は59.2%でした。また、最も重視した要素でも「これまでの経験・能力・知識」が38.4%で最も高くなっています。
一方で、
「経験者なのだから説明しなくても分かるだろう」
「前のクリニックでもやっていたのだからできるだろう」
と考えてしまうと、入職後に認識のずれが起こりやすくなります。
よくある誤解:「経験者なら教えなくてもできる」
経験者には、仕事そのものを一から教える必要はない場合もあります。
しかし、自院の仕事の進め方まですべて知っているわけではありません。
例えば前職では、
「患者さんからの問い合わせは受付が判断していた」
のに、新しい職場では、
「迷ったら必ず看護師か院長先生に確認する」
というルールかもしれません。
この違いを伝えずに、
「経験者だから分かるでしょう」
としてしまうと、本人にとっても周囲の職員にとっても働きにくくなります。
経験者採用では、できることを確認することと、自院のルールを伝えることの両方が必要です。
入職後1~3か月の教育をどう設計すればよいのでしょうか
入職後の教育では「誰が・何を・いつまでに教えるか」を簡単に決めておくと、教える側と新しい職員の双方が進み具合を確認しやすくなります。
大規模な研修制度を作る必要はありません。
小規模なクリニックでも、まずは入職後1~3か月について、
「誰が、何を、いつまでに教えるのか」
を整理しておくだけで、教育は進めやすくなります。
例えば、医療事務であれば次のように考えられます。
まずは、院内で働くための基本的なルールを伝えます。
・院内の役割分担
・出退勤の方法
・休憩や休日のルール
・患者さんへの基本的な対応
・電話対応
・電子カルテの基本操作
・個人情報の取扱い
・困ったときに誰へ確認するのか
特に重要なのは、「分からないときに誰に聞けばよいか」を明確にしておくことです。
基本業務を一人で行える範囲を増やしていきます。
例えば、
・受付
・会計
・電話対応
・カルテ入力
・予約対応
などについて、一人で対応できるものと、まだ確認が必要なものを整理します。
徐々に担当する仕事の幅を広げていきます。
・レセプト業務
・他の職員との業務分担
・患者さんからの少し複雑な問い合わせ
・新しい業務
・経験を活かせる役割
などについて確認します。
期間については職種や本人の経験、自院の業務内容によって異なります。
大切なのは「3か月たてば一人前」という一律の基準を作ることではなく、
どこまでできるようになったのかを確認できる仕組みを持つことです。
教える人によって内容が変わらない仕組みも大切です
教育担当者ごとに説明が変わると新しい職員が混乱するため、最低限の仕事の進め方を院内で共有しておくことが重要です。
クリニックでは、複数の職員が交代で新しい職員に仕事を教えることもあります。
その際によく起こるのが、
「Aさんからはこう教わりました」
「でもBさんからは違う方法を言われました」
という状況です。
これは新しく入った職員にとって、とても困ります。
どちらの言うことを聞けばよいのか分からなくなるからです。
すべての仕事を細かなマニュアルにする必要はありません。
しかし、少なくとも、
・患者さんへの基本的な対応
・電話対応
・会計
・電子カルテ入力
・情報共有
・院長先生への報告
・ミスが起きたときの対応
など、よく行う仕事については院内で基本的な進め方を合わせておくと教育しやすくなります。
これは新しい職員のためだけではなく、現在働いている職員同士の認識をそろえる機会にもなります。
経験者のこれまでのやり方を否定しないことも重要です
自院のルールを伝えるだけでなく、経験者が前職で身につけた知識や工夫にも耳を傾けることで、経験を活かしやすくなります。
経験者が入職すると、
「前の職場ではこうしていました」
と言われることがあります。
この言葉を聞くと、
「ここは前の職場とは違うから」
と思うこともあるかもしれません。
もちろん、自院のルールに合わせてもらう必要はあります。
ただし、前職での経験の中には、自院の業務改善につながるヒントが含まれていることもあります。
例えば、
「前のクリニックでは、この書類をこう整理していました」
「この説明を患者さんに最初にしておくと問い合わせが減りました」
といった意見です。
すべて取り入れる必要はありませんが、
「なぜその方法だったのか」
を一度聞いてみることで、自院の業務を見直すきっかけになることがあります。
経験者採用のメリットは、単にすぐ働いてもらえることだけではありません。
これまで別の職場で身につけた知識や経験を、自院の改善にも活かせる可能性があることも大きなメリットです。
クリニックで確認したい入職後教育のチェックポイント
教育担当者・習得項目・確認時期をあらかじめ整理しておくことで、「教えたつもり」「聞いていない」という行き違いを減らせます。
経験者を採用する際には、次の項目を一度確認してみてください。
- 採用時に期待する役割を本人へ伝えているか
- 何を経験してきたのか具体的に確認しているか
- できる仕事と経験のない仕事を確認しているか
- 求人票と実際の仕事内容に違いがないか
- 教育担当者が決まっているか
- 基本的な院内ルールを説明しているか
- 誰に質問すればよいか伝えているか
- 最初から一人で任せすぎていないか
- どこまで一人でできるようになったか確認しているか
- 本人が困っていることを聞いているか
- 周囲の職員からも状況を確認しているか
- 追加で説明が必要な仕事がないか確認しているか
- 採用時に期待した役割とのずれがないか
- 本人の経験を活かせる仕事があるか
- 教育が不足している部分がないか
- 今後任せる仕事について話し合っているか
特別な評価制度を導入しなくても、こうした項目を確認するだけで、入職後のフォローはかなり整理しやすくなります。
よくある質問
経験年数だけで教育期間を決めず、本人の経験と自院の仕事との違いを確認しながら進めることがポイントです。
Q. 経験者なら研修期間を短くしてもよいのでしょうか?
本人の経験や業務内容によっては、未経験者より早く仕事を任せられることはあります。
ただし、経験年数だけで判断するのではなく、自院で必要となる仕事を実際にどこまで経験しているのかを確認することが大切です。
Q. 忙しくて教育担当者を一人つける余裕がありません
必ず一人の職員がすべてを教える必要はありません。
例えば、
「受付はAさん」
「レセプトはBさん」
と担当を分ける方法もあります。
その場合でも、誰が何を教えるのかを最初に決めておくことが重要です。
Q. 経験者から「前の職場ではこうだった」と言われたらどうすればよいでしょうか?
まずはどのような方法だったのかを聞いてみることをおすすめします。
そのうえで、自院のルールと異なる場合には、
「当院ではこの理由からこの方法にしています」
と説明すると理解してもらいやすくなります。
単に「うちでは違います」と終わらせるより、お互いの考え方を確認できる機会になります。
まとめ
経験者を採用できると、
「すぐ仕事を任せられる」
と期待したくなります。
もちろん、その方がこれまで身につけてきた知識や経験は大きな力になります。
一方で、
経験者であることと、自院の仕事の進め方を知っていることは別です。
経験者の力を十分に活かすためにも、
・自院の仕事の進め方を伝える
・誰が何を教えるのか決める
・入職後1~3か月で習得状況を確認する
・本人が困っていることを聞く
・これまでの経験を活かせる仕事を考える
といった準備が大切です。
採用は「入職してもらったら終わり」ではありません。
むしろ、その方が自院の仕事を理解し、これまでの経験を活かして力を発揮できるようになるまでが、採用の大切な過程だと思います。

社会保険労務士 関谷聡のこの記事のポイント
経験者採用では即戦力として期待するだけでなく、自院の仕事を伝え、経験を活かせるよう入職後の教育とフォローを設計することが大切です。
なお、今回紹介した「転職者実態調査」は全国・全産業を対象とした統計であり、クリニックだけを対象とした結果ではありません。厚生労働省によると、調査対象には「医療、福祉」を含む16産業が含まれています。
実際の教育内容や期間は、職種、本人の経験、自院の業務内容や人員体制などに応じて検討する必要があります。
参考資料
令和7(2025)年転職者実態調査の概況(厚生労働省)
雇用の構造に関する実態調査(転職者実態調査)(厚生労働省)
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