
こんにちは、新潟市で活動しているおっきなでんしゃ社会保険労務士事務所、社会保険労務士の関谷です。
社会保険労務士として、法令に基づいた適切な労務管理を通じて、働く方が安心して働ける職場づくりと、経営者が本業に専念できる環境づくりをサポートしています。
職員のミスや勤務態度に問題があれば、院長先生や管理職が注意・指導をすることは必要です。
一方で、「厳しく注意するとパワハラになるのではないか」と心配になり、必要な指導までできなくなってしまうこともあります。
この記事では、適正な指導とパワーハラスメントの境界について、発言だけを見るのではなく、なぜ指導したのか、どのような方法で行ったのか、何回行ったのか、どこで行ったのか、相手がどのような状態だったのかなど、実際に確認したい事実から考えていきます。
職員への注意・指導で迷いやすいのはどのような場面?
職員に問題行動があったとしても、「注意する必要があった」という事実だけではパワハラかどうかは判断できません。
例えば、クリニックで次のようなことが起きたとします。
受付職員が、患者さんへの説明を何度も間違えている。
院長先生はこれまでにも何度か注意していましたが、同じミスが続きました。
忙しい診療時間中、院長先生は他の職員や患者さんもいる前で、
「何回言ったら分かるの?」
「こんなこともできないの?」
「もう任せられないよ」
と強い口調で注意しました。
このようなケースで、
「同じミスを何度もしているのだから、厳しく言われても仕方がない」
と考えることもできます。
反対に、
「人前で強く叱っているのだからパワハラだ」
と考えることもできます。
しかし、実際の判断はそれほど単純ではありません。
職員に改善すべき問題があったことは重要な事情ですが、それだけで、どのような注意・指導をしても許されるわけではないからです。
逆に、声を強めて注意したという一つの事実だけで、直ちにパワハラになるわけでもありません。
必要なのは、問題となった職員の行動と、それに対して行われた指導の方法との両方を見ることです。
パワハラかどうかを判断するために何を確認する?
注意・指導の目的だけでなく、発言内容、方法、回数、場所、相手の状況、改善方法の提示、就業環境への影響などを総合的に確認します。
厚生労働省の指針では、職場のパワーハラスメントを、
- 優越的な関係を背景とした言動
- 業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
- 労働者の就業環境が害されること
の3つをすべて満たすものとしています。
一方、客観的に見て「業務上必要かつ相当な範囲」で行われる適正な業務指示や指導は、パワーハラスメントには該当しないとされています。
問題になりやすいのは、この「必要かつ相当な範囲」がどこまでなのかという点です。
まず、職員にどのような問題があったのかを確認します。
例えば、
・患者さんを取り違えそうになった
・医療安全に関わる手順を守らなかった
・患者さんへの不適切な対応が続いている
・遅刻を繰り返している
・指示された業務を理由なく行わない
といった事情があれば、注意・指導の必要性は高くなります。
特に医療機関では、職員の行動が患者さんの安全につながる場合もあります。
そのため、必要な注意や指導まで控えることが適切とは限りません。
ただし、「指導する必要があること」と「どのような指導方法でも許されること」は別の問題です。
次に、実際の発言内容を確認します。
例えば、
「この入力方法では患者さんの情報を取り違える可能性があります。次からはこの手順で確認してください」
という言い方と、
「何年働いているんだ」
「そんなことも分からないのか」
「向いていないんじゃないか」
という言い方では意味が違います。
前者は「行動」を指摘しています。
一方、後者は仕事上の問題から離れ、本人の能力や人格そのものへの非難につながる可能性があります。
指導する際には、
「人を責める」のではなく、「問題となった行動を具体的に指摘する」
という視点が重要です。
同じ言葉でも、言い方によって受け取られ方は大きく変わります。
大声で怒鳴る、机を叩く、長時間立たせたまま叱責するなどの方法が加われば、指導の相当性について慎重に検討する必要があります。
厚生労働省の指針でも、判断に当たっては、言動の目的だけではなく、態様、頻度、継続性など複数の事情を総合的に考慮するとしています。
一度注意した場合と、同じ職員を毎日のように繰り返し叱責している場合では事情が異なります。
ただし、「3回なら大丈夫、5回ならパワハラ」というような線引きがあるわけではありません。
同じ問題行動が繰り返されているのであれば、複数回指導すること自体が必要になることもあります。
重要なのは、
なぜ繰り返し指導する必要があったのか
そして、
その都度どのような方法で指導していたのか
です。
診察室の裏側で一対一で話す場合と、患者さんや他の職員がいる受付で大声で注意する場合では、職員が受ける影響も変わります。
もちろん、患者さんの安全に関わる緊急の場面で、その場ですぐに行動を止めなければならないこともあります。
そのため、
「人前で注意したからパワハラ」
とも一概にはいえません。
緊急性のない指導であれば、できるだけ他の職員や患者さんの目のない場所で行うなどの配慮が考えられます。
注意・指導の目的は、本来、職員を責めることではなく、仕事上の問題を改善することです。
そのため、
「ダメだ」
「しっかりして」
「気をつけて」
だけで終わるのではなく、
「次からは受付した時点でこの欄を確認してください」
「分からない場合は自己判断せず、まず主任に確認してください」
といった具体的な改善方法まで示すことが重要です。
何を直せばよいのか分からない状態で叱責だけが繰り返されると、教育ではなく精神的な圧力になってしまう可能性があります。
厚生労働省の指針では、言動を受けた労働者の属性や心身の状況なども判断要素として示されています。
例えば、すでに体調を崩していることを院長先生が把握している職員に対し、長時間にわたって強い叱責を続ける場合などは、より慎重な対応が必要でしょう。
パワーハラスメントの判断では、職員が「嫌だった」と感じたことだけで決まるわけではありません。
厚生労働省の指針では、労働者が身体的・精神的苦痛を受け、能力の発揮に重大な悪影響が生じるなど、就業する上で看過できない程度の支障が生じているかを問題としています。
その判断では、本人だけの主観ではなく、「平均的な労働者の感じ方」を基準とすることが示されています。
つまり、
「本人がパワハラだと言ったからパワハラ」
でもなければ、
「院長先生には悪気がなかったからパワハラではない」
でもありません。
客観的な事情を確認する必要があります。
法律や裁判例では注意・指導をどのように考えている?
裁判例からも、指導の必要性だけではなく、問題行動の程度と指導の内容・態様とのバランスを見る必要があることが分かります。
厚生労働省の指針は、「業務上必要かつ相当な範囲」を判断する際、
・言動の目的
・職員側の問題行動の有無・内容・程度
・言動に至った経緯や状況
・業務の内容や性質
・言動の態様
・頻度・継続性
・職員の心身の状況
・行為者との関係性
などを総合的に考慮するとしています。
特に、職員に問題行動がある場合には、その問題行動の内容・程度と、それに対する指導の態様との「相対的な関係」も重要とされています。
この考え方は、注意・指導の場面を考えるうえで非常に重要です。
日本ファンド(パワハラ)事件
東京地方裁判所・平成22年7月27日判決です。
この事件では、上司が部下に対し、事情を十分に確認せずに始末書を提出させたり、会議で怒鳴ったり、「馬鹿野郎」「給料泥棒」などと叱責した行為などが問題となりました。
裁判所は、外形的には業務上の指導として行われていたものでも、雇用不安を与えたり、人格を否定したり、過度に屈辱的な言動については、業務上の指導の範囲を超える違法なものと判断しました。
ここで重要なのは、
「指導という名前を付ければ許されるわけではない」
ということです。
業務上の問題を改善するための指導であっても、その方法まで当然に正当化されるわけではありません。
前田道路事件
松山地方裁判所平成20年7月1日判決、高松高等裁判所平成21年4月23日判決です。
この事件では、不正経理などの是正を求められていた営業所長に対する上司の厳しい叱責が問題となりました。
第一審と控訴審では結論が分かれましたが、高松高裁は、不正経理の是正が長期間行われていなかったことなどを踏まえ、ある程度厳しい改善指導を行うことは正当な業務の範囲内であり、問題となった叱責について違法とはいえないと判断しました。
この裁判例から、
厳しい指導であるというだけで、直ちに違法になるわけではない
ことが分かります。
一方で、この事件も「どのような厳しい指導でも許される」と判断したわけではありません。
なぜ指導が必要だったのか、それまでどのような指導が行われていたのか、職員側の問題がどの程度だったのかといった経緯を含めて判断されています。
2つの裁判例から分かること
一見すると、
「厳しい指導が違法とされた事件」
と
「厳しい指導が違法ではないとされた事件」
のように見えます。
しかし、大切なのは結論だけを覚えることではありません。
職員側の問題行動の内容・程度と、使用者側が選んだ指導方法との釣り合いを見る
という考え方です。
なお、これらの裁判例は現在のパワーハラスメント防止指針が制定される以前の事案を含んでおり、現在の法律上の3要件をそのまま適用して判断した裁判例ではありません。
そのため、裁判例の結論を機械的に現在の事案へ当てはめるのではなく、現在の厚生労働省指針と併せて考えることが大切です。
クリニックではどのように注意・指導すればよい?
事実を確認し、問題となった行動と改善方法を具体的に伝え、必要に応じて記録とフォローを行うことが、適正な指導につながります。
クリニックで職員を注意・指導するときは、次のような流れで整理するとよいでしょう。
「患者さんへの態度が悪い」
ではなく、
「何月何日の受付で、患者さんからこの質問を受けた際、このような応答をしていた」
というところまで確認します。
他の職員からの報告だけで判断する場合も、可能な範囲で本人から事情を聞きます。
人格ではなく行動を指摘します。
「あなたは接遇ができていない」
ではなく、
「患者さんが質問している途中で会話を打ち切ってしまった点を改善してほしい」
という伝え方です。
単に「院長である自分が気に入らないから」ではなく、
「患者さんが安心して受診できるようにするため」
「医療安全上、この確認作業が必要だから」
など、業務上の理由を説明します。
「次から気をつけて」で終わらせず、
「次回からこの手順で確認しましょう」
と改善方法まで決めます。
必要であれば研修やマニュアルの確認、先輩職員によるフォローなども考えられます。
緊急時はその場で止める必要があります。
一方、後からでもできる指導については、患者さんや他の職員の前を避けて話す方がよいでしょう。
口頭で何度も注意しているものの改善されない場合には、
・いつ
・何があったのか
・どのような指導をしたのか
・本人はどのように説明したのか
・どのような改善を求めたのか
を記録しておくことも大切です。
記録は、将来職員を処分するためだけに作るものではありません。
「どのような問題に対して、クリニックとしてどのような改善支援をしてきたのか」
を振り返るためにも役立ちます。
適正な指導とパワハラについてよくある誤解
「強く言えばパワハラ」「ミスをした職員なら厳しく叱ってよい」のどちらも正確ではなく、個別事情を総合的に見る必要があります。
誤解1 強い口調で注意したらパワハラになる
必ずしもそうではありません。
患者さんの生命・身体に危険が生じる場面などでは、強い口調ですぐに行動を止める必要がある場合もあります。
重要なのは、その場面でその方法が必要だったのかという点です。
誤解2 職員が悪いのだからパワハラにはならない
これも違います。
職員側に問題行動があったことは重要な判断要素ですが、それによって人格否定や過度な叱責まで正当化されるわけではありません。
厚生労働省の指針でも、職員の問題行動の内容・程度と指導の態様との関係を考えることが重要とされています。
誤解3 「この言葉を使わなければ安全」という一覧を作ればよい
注意が必要です。
もちろん、人格を否定するような言葉を避けることは大切です。
しかし、パワハラの判断は特定の言葉だけで決まりません。
同じ発言でも、
・なぜ言ったのか
・どのような口調だったのか
・何回繰り返したのか
・どのような場所だったのか
・それまでどのような経緯があったのか
・相手がどのような状態だったのか
によって評価が変わる可能性があります。
そのため、ハラスメント対策を「NGワード集」だけで終わらせるのではなく、指導の目的と方法を考える仕組みを作ることが重要です。
まとめ
適正な指導とパワハラの境界は、職員側の問題行動と指導側の目的・内容・態様・頻度・影響などを総合して考える必要があります。
職員への注意・指導は、クリニックを運営するうえで避けることのできない仕事です。
特に医療機関では、患者さんの安全や接遇、職員同士の連携などのために、必要なことはきちんと伝えなければなりません。
一方で、
「指導する必要があった」
という理由だけで、どのような言い方や方法でも許されるわけではありません。
確認したいのは、
- どのような問題行動があったのか
- 指導する必要性はどの程度あったのか
- 何を言ったのか
- どのような態様だったのか
- 何回、どのくらい続いたのか
- どこで行ったのか
- 相手はどのような状態だったのか
- 改善方法を具体的に示したのか
- 就業環境にどのような影響があったのか
といった事情です。
これらを一つずつ機械的にチェックして、「○個当てはまったからパワハラ」と判断するものではありません。
職員側の問題行動の内容・程度に対し、その指導方法が業務上必要かつ相当だったのかを、全体として考えることが大切です。
注意・指導をしないことがハラスメント対策なのではありません。
必要な指導を、職員が「何を直せばよいのか」が分かる方法で行うこと。
それが、クリニックの適切な労務管理と、職員が安心して働ける環境づくりの両方につながるのではないでしょうか。

社会保険労務士 関谷聡のこの記事のポイント
職員への指導は必要性だけで判断せず、問題行動と指導の目的・内容・態様・頻度・場所・相手の状況・改善方法・就業環境への影響を総合して、業務上必要かつ相当な範囲だったかを考えることが重要です。
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