患者さんの苦情はどこからカスハラになる?クリニックで考えたい判断の境界

こんにちは、新潟市で活動しているおっきなでんしゃ社会保険労務士事務所、社会保険労務士の関谷です。

社会保険労務士として、法令に基づいた適切な労務管理を通じて、働く方が安心して働ける職場づくりと、経営者が本業に専念できる環境づくりをサポートしています。

患者さんから強い口調で苦情を言われたとき、「これはカスタマーハラスメントではないか」と感じることがあります。

しかし、患者さんからの苦情や改善を求める申出が、すべてカスタマーハラスメントになるわけではありません。一方、要求に理由があったとしても、暴言、威圧、長時間の拘束、執拗な要求など、その伝え方が社会通念上許容される範囲を超える場合があります。

この記事では、何を要求しているのかと、どのような方法で要求しているのかを分けて考えることで、患者さんからの正当な苦情とカスタマーハラスメントの境界を整理します。

目次

患者さんの苦情とカスタマーハラスメントはどう違う?

患者さんから不満や改善を求められたこと自体ではなく、要求内容とその伝え方を分けて考えることが境界を判断する第一歩です。

例えば、受付で長く待った患者さんから、

「予約して来たのに40分も待っています。どうなっているんですか」

と強い口調で言われたとします。

受付職員は怖いと感じたかもしれません。

では、この時点でカスタマーハラスメントなのでしょうか。

必ずしもそうとは限りません。

予約して来院したにもかかわらず長時間待ったのであれば、「なぜ待っているのか説明してほしい」という患者さんの要望には理由があるかもしれません。

一方、その後、

「土下座して謝れ」

「お前みたいな受付は辞めろ」

と繰り返したり、説明後も長時間受付に居座ったり、他の患者さんの診療受付ができなくなるほど対応を求め続けたりした場合は、別の問題が生じます。

つまり、

「患者さんの言っていることに理由があるか」と「その伝え方が許容できるものか」は別々に考える必要があります。

2026年のカスハラ防止指針でも、患者を含む施設利用者は「顧客等」に含まれます。また、顧客等からの苦情すべてがカスタマーハラスメントになるわけではなく、社会通念上許容される範囲の申入れは正当なものとして区別されています。

これは、クリニックでカスタマーハラスメントを考えるうえで非常に重要な出発点です。

判断するときは何を確認すればよい?

「要求そのもの」と「要求の方法」を分け、さらに経緯・回数・継続時間・診療への影響などを総合的に確認します。

カスタマーハラスメントかどうかは、「患者さんが怒っている」「職員が怖いと感じた」という事実だけでは決まりません。

大きく分けると、二つの方向から考えると整理しやすくなります。

1.患者さんは何を求めているのか

最初に確認したいのは、要求の中身です。

例えば、

「会計に間違いがあるので確認してほしい」

「予約時間を大幅に過ぎているので説明してほしい」

「受付職員の対応について改善してほしい」

という申出であれば、クリニック側で事実確認が必要な可能性があります。

反対に、診療内容とは関係のない金銭を要求する、提供できない特別扱いを繰り返し求めるなど、そもそも要求の中身に相当性がない場合もあります。

新しいカスハラ防止指針では、「要求に理由がないもの」「予定されるサービスを著しく超える要求」「対応が著しく困難または不可能な要求」「不当な損害賠償要求」などが、社会通念上許容される範囲を超える言動の典型例として整理されています。

2.どのような方法で伝えているのか

要求そのものに理由があっても、その伝え方まで何でも許されるわけではありません。

例えば、会計に誤りがあり、患者さんが訂正を求めること自体は当然の申出でしょう。

しかし、その場で受付職員を何十分も怒鳴り続けたり、人格を否定する言葉を浴びせたりすることまで当然に許容されるわけではありません。

身体的な攻撃、脅迫・中傷・侮辱・暴言などの精神的な攻撃、威圧的な言動、継続的・執拗な言動、居座りなどの拘束的な言動は、手段や態様の面から問題となり得ます。

ここが重要です。

要求内容が正当でも、手段・態様が行き過ぎることはあります。

反対に、患者さんが少し強い口調だったというだけで、直ちにカスタマーハラスメントになるわけでもありません。

3.一度なのか、繰り返されているのか

回数や継続時間も重要です。

例えば受付で5分程度苦情を述べた場合と、説明しても納得せず毎日のように電話をかけ、同じ職員を長時間拘束している場合とでは事情が異なります。

特に、同じ説明を何度しても要求を繰り返す、対応者を替えても同じ要求を続けるといった状況では、職員の負担も大きくなります。

4.クリニック側に問題はなかったか

この確認も欠かせません。

予約管理のミスがあった、説明が不足していた、受付職員の言い方に問題があったなど、患者さんが苦情を申し出るきっかけをクリニック側が作っている場合があります。

それを確認せず、

「患者さんが怒鳴ったからカスハラ」

としてしまえば、本来改善すべき問題を見落としてしまいます。

一方で、クリニック側にミスがあったとしても、暴力や脅迫などまで受け入れなければならないわけではありません。

クリニック側の問題と、患者さんの言動の相当性は分けて確認することが大切です。

5.職員や診療にどのような影響が出ているか

受付職員が長時間対応を続け、他の患者さんの受付ができなくなっている。

電話対応を恐れて職員が業務を行えなくなっている。

患者さんの暴言を受け続けた職員が強い精神的負担を感じている。

こうした影響も確認します。

法律上のカスタマーハラスメントでは、社会通念上許容される範囲を超えた言動によって、労働者の就業環境が害されることも要件の一つです。

法律や裁判例ではどのように考えられている?

2026年10月1日からカスハラ対策が事業主の義務となり、クリニックにも「正当な苦情への対応」と「職員を守る対応」の両方が求められます。

2025年の労働施策総合推進法の改正を受け、2026年10月1日から、カスタマーハラスメント防止対策はすべての事業主の義務となります。

クリニックも例外ではありません。

法律上のカスタマーハラスメントは、簡単に整理すると、

  1. 患者さんなど顧客等の言動であること
  2. 業務の性質などに照らして社会通念上許容される範囲を超えていること
  3. それによって職員の就業環境が害されること

の3つをすべて満たすものです。

ここで特に大切なのが2です。

「社会通念上許容される範囲を超えているか」は、言葉だけを切り取って機械的に判断するものではありません。

なぜその言動に至ったのか、クリニック側に問題があったのか、どのような言い方だったのか、何回・どのくらい続いたのか、業務の性質、職員の状況などを含めて総合的に考えます。

患者さんだからこそ考えたい事情もある

医療機関では、一般的なサービス業とは少し異なる事情があります。

患者さん自身が病気やけがによる不安を抱えていたり、ご家族が強い不安を感じていたりすることもあります。

認知症や障害などによって、言動の背景に本人の特性や症状が関係している場合も考えられます。

だからといって、職員が暴力や著しい暴言を我慢し続けなければならないわけではありません。

大切なのは、

「カスハラか、カスハラではないか」というラベルを先に付けるのではなく、その言動が起きた背景を確認したうえで、職員を守るために必要な対応を考えること

です。

カスハラ防止対策を進める際には、消費者心理や障害特性、認知症の症状などについて職員の理解を深めることも望ましい取組として示されています。

社会福祉法人Y保育園事件

職員を外部からの強い心理的負荷から守るという点で参考になる裁判例として、社会福祉法人Y保育園事件(長崎地方裁判所・令和3年1月19日判決)があります。

この事案では、保育園で起きた虐待をめぐる騒動により、保護者からの追及などを受けた保育士が強い心理的負荷を受け、その後うつ病を発症し、自殺に至りました。

裁判所は、使用者には職員の心身の健康状態に留意し、心理的負荷が過度に蓄積しないよう適切な措置をとるべき義務があったとして、安全配慮義務違反を認めました。厚生労働省の2026年度版カスタマーハラスメント対策企業マニュアルでも、カスハラ対策の重要性を考える裁判例として紹介されています。

もちろん、この判決は「苦情とカスハラの境界」を直接決めた判決ではありません。

この裁判例から重要なのは、外部からの言動によって職員に大きな心理的負担が生じていることを把握しながら、事業主が十分な対応をしない場合には、安全配慮の問題につながり得るという点です。

クリニックではどのように対応すればよい?

職員一人に判断と対応を背負わせず、「最初は話を聴く・一定段階で責任者へ交代する・危険な場合は対応を打ち切る」という院内ルールを決めておくことが重要です。

患者さんから苦情を受けたとき、最初から、

「カスハラなので対応しません」

とすることは適切ではありません。

まず何について困っているのかを確認します。

そして、クリニック側に改善すべき点があれば、事実確認をしたうえで説明や謝罪、改善につなげます。

一方、暴言や威圧が続く場合には、受付職員一人に対応を続けさせないことが大切です。

例えば、一定の段階で院長先生や責任者に対応を交代する。

電話で同じ要求が長時間続く場合には、「当院としての回答は以上です」と終了できるようにする。

暴力や脅迫など緊急性・危険性の高い行為があれば、職員の安全確保を優先し、必要に応じて警察への通報なども検討する。

こうした「どこまで現場で対応し、どの段階で責任者へ上げるのか」をあらかじめ決めておくことが重要です。

2026年10月1日から事業主に求められる措置には、方針の明確化・周知、相談体制の整備、発生後の迅速かつ適切な対応、悪質なカスタマーハラスメントへの対応方針・体制の整備などが含まれます。

医療現場及び訪問看護における暴力・ハラスメント対策について(厚生労働省)でも、患者やその家族からの暴力・ハラスメントについて、スタッフだけでなく管理者も学べる教材が公開されています。

「受付で全部受け止める」は避けたい

小規模なクリニックでは、患者さんからの苦情を最初に受けるのは受付職員であることが多いと思います。

しかし、

「患者さんだから何を言われても丁寧に対応する」

というルールだけでは、職員を守ることができません。

受付では一次対応までとし、一定の状況になったら院長先生や責任者に交代できる仕組みにしておく。

このように、個人の我慢ではなく、組織として対応することがカスタマーハラスメント対策では重要です。

カスタマーハラスメントについて勘違いしやすいポイント

「怒っている患者さん=カスハラ」でも「クリニックに非があれば何をされても仕方がない」でもありません。

誤解1 患者さんが大声を出したらカスハラになる

一つの言動だけで自動的に決まるわけではありません。

その言動に至った経緯、内容、態様、頻度、継続性などを確認します。

ただし、暴力や脅迫など、安全確保を優先すべき行為については別です。

誤解2 クリニック側にミスがあればカスハラにはならない

これも違います。

例えば会計ミスがあれば、患者さんが訂正や説明を求めることには理由があります。

しかし、

「ミスをしたのだから土下座しろ」

「受付の住所を教えろ」

など、要求方法まで当然に許容されるわけではありません。

苦情の原因となったクリニック側の問題と、患者さんの言動の相当性は分けて考える必要があります。

誤解3 カスハラ対策とは患者さんを排除すること

そうではありません。

正当な意見や苦情には真摯に対応し、クリニックの改善につなげることも重要です。

2026年度版のカスタマーハラスメント対策企業マニュアルでも、顧客からの意見や苦情はサービスや接遇、業務運営を改善する重要な情報であり、一律に問題視すべきではないことが明確にされています。

カスタマーハラスメント対策は、

患者さんの声を聞かなくするためのものではなく、正当な苦情には対応しながら、社会通念上許容される範囲を超えた言動から職員を守るためのもの

と考えると分かりやすいでしょう。

まとめ

患者さんの苦情とカスハラの境界では、要求内容と手段・態様を分け、経緯や継続性、職員への影響まで含めて総合的に判断することが重要です。

患者さんから苦情を言われたからといって、それだけでカスタマーハラスメントになるわけではありません。

病気やけがを抱えて来院する患者さんやご家族が、不安や不満を口にすることもあります。

そして、その声の中には、クリニックが改善すべき重要な指摘が含まれていることもあります。

一方で、正当な苦情であっても、暴言や脅迫、長時間の拘束、執拗な要求など、伝え方が社会通念上許容される範囲を超えることがあります。

判断するときのポイントは、

「患者さんの要求に理由があるか」と「その要求方法まで相当といえるか」を分けて考えることです。

そして、カスタマーハラスメント対策で院長先生に求められるのは、何でもカスハラと判断することではありません。

正当な苦情にはきちんと向き合う。

クリニック側に改善すべき点があれば改善する。

その一方で、職員が暴言や威圧的な言動を一人で受け続ける状況は作らない。

この両方を実現するために、院内で対応基準と相談・報告の流れを決めておくことが大切です。

社会保険労務士 関谷聡のこの記事のポイント

正当な苦情とカスタマーハラスメントを分けるには、患者さんの要求内容だけでなく、その手段・態様、経緯、頻度・継続性、職員の就業環境への影響などを総合的に確認します。

参考資料

令和7年の労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(労働施策総合推進法)等の一部改正について(厚生労働省)

カスタマーハラスメント対策企業マニュアル(令和8年度改訂版)(厚生労働省)

医療現場及び訪問看護における暴力・ハラスメント対策について(厚生労働省)

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この記事を書いた人

「おっきなでんしゃ社会保険労務士事務所」代表の関谷と申します。豊かな自然とあたたかい人々に恵まれたこの新潟の地で、家族とともに日々の暮らしを楽しみながら、社会保険労務士として地域の企業様中心にをサポートさせていただいております。

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